福岡市博物館で開催中の「死の考古学」に行ったので、感想です。(まったく重い内容ではないので、気軽にお読みいただければ幸いです)
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博物館に行ったきっかけ
きっかけは、樺沢紫苑さんの本『毎日を楽しめる人の考え方』。美術館に行くのがオススメとあり、(美術館ではないですが)博物館に足を運んでみました。
博物館など、アート鑑賞は感動系娯楽の一つです。
また、樺沢先生のオンラインサロン「ウェブ心理塾」で、ある方が死生観の情報発信を企画中と言われていたのをふと思い出し、「死の考古学」のテーマが心に響いたのもきっかけの一つです。
企画展の内容
企画展の主旨は、「考古資料を通じ、人々と死の関係を探ることで、過去の人々の精神世界をあぶり出す」というもの。考古資料から生活様式だけでなく、人々の心の中まで理解する試みが興味深かったです。
感想
戦乱や飢饉・疫病などにより、「死」は今よりもずっと身近だったことを感じました。
たとえば、弥生時代の平均寿命は、なんと20代前半!寿命が短いからこそ、今を懸命に生きる弥生時代の人々が目に浮かびます。
今の平均寿命の約1/4だったんだね……
また、奈良時代。西日本で天然痘が大流行し、100~150万人の死者数を出したとのこと。コロナの死者数が約3万人(2022.4現在)、つまり30倍の猛威をふるっていたんですね。医学が発達しないなか、奈良時代の人々は疫病への不安に怯える日々を過ごしていたのかもしれませんね。
死が身近だったのは、大昔にかぎりません。日本でも80年前までは戦争のさなか。おじいちゃんおばあちゃんは、死と隣合わせの生活だったんですよね。
今ではまったく想像がつかないよね。
いまの日本はとても平和だよね。
それにくらべ、いまの生活は「死」がだいぶ切り離されました。「ポジティブに!」「明るく!」という前向きな生き方がよく、「死を考えることはタブー」とする風潮さえあります。(もちろん、その風潮を否定するつもりは全くありません)。
博物館で感じたのは、「死を考える=生を考える」ということ。たとえば、病気になると、当たり前だった健康のありがたさが身にしみますよね。昔の人は、死が身近だったからこそ「生きるありがたさ」を噛み締め、悔いがないよう生きていたのかもしれません。
これからゴールデンウィークです。ひさびさにお墓に行き、先祖に手を合わせ、生きる感謝を伝えようと思います。限りある人生を精一杯生きたいです。
(あとがき)150円で博物館に入館できました
博物館の入館料は200円。私はJAF会員のため、特別価格150円で入館。
めちゃくちゃ安い!
感動するのにおカネはいらないんだなぁと改めて思った1日でした。GWの連休、博物館や美術館で、ふだん味わない感動を体感するのもオススメです。
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